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【罪悪感】を持つと罪の意識に支配されやすい。「愛」を示して自分も他者も許せるか。

神に守られ、毎日を明るく元気でいられる方は幸いです。

しかしこの世で生きていると、食べ物から人間関係まで、悪の試みに遭わずにはいられません。
健康を意識してようが神との契約を守ろうが、一生を穏やかな安らぎでいられることは稀かと思います。

人は調子のいい時は長くは続かないものです。
神様は気づきを与えてくれています。

神が私たちに示してくださっているものは、いつも怒りだけでなく、優しさでもあるのです。

罪悪感が生まれるとき

年齢を重ねるたびに、人間関係や日常生活でストレスをためてしまいがちな方はいませんか?

わたしは結構様々なことに過敏症で、落ち込んだ人の気が入りやすいです。

弱った時は聖霊ではない声に流されやすいのも事実です。

「疲れているからちょっとだけ・・・」
「癒されたいから少しだけ・・・」

悪のささやきを許してしまうと、罪悪感に苛まれます。

真面目な人ほど悪に溺れやすいのです。

自らの罪悪感からどんどん力を無くしてしまい、神からどんどん離れていき、気づけば偶像に仕えていってしまうのです。

そんなはずはない、自分は絶対に悪い行いはしない。

上記のように思っている人ほど、一度罪悪感を感じるととことん重い鎖を自ら絡めてしまいやすいです。

人を悲しませること

自分で意識していなくても、誰かを悲しませてしまうことも罪の意識に襲われます。

悔い改めても、誰かを傷つけてしまった罪悪感で、悲しみに沈んでしまうこともあるかもしれません。

でも、聖書では、人の罪悪感を抱え込みすぎないように伝えてくれています。

その人にとっては多数の人から受けたあの処罰で十分なのだから、あなた方は彼をゆるし、また慰めてやるべきであろう。

コリント人への第二の手紙 第二章6

誰かを悲しませる。そのこと自体が、行いによる罰なのですね。

罪悪感故に神から離れてはならない

人は罪悪感から、神に見放される、神に許してもらえないだろうと嘆き悲しみます。

それゆえ、他の者に相談したり、偽りの神に頼ったりします。

友人や家族に相談するというのも、危険です。

誰かに相談するその誰かは、あなたの偶像に過ぎないかもしれません。

神を信頼していたら、神に悩みを話して、癒してもらうのが唯一の方法なのです。

悪しき者はその道を捨て、正しからぬ人はその思いを捨てて、主に帰れ。
そうすれば、主は彼に憐れみを施される。
われわれの神に帰れ、主は豊かにゆるしを与えられる。

イザヤ書 第五十五章7

突然の病にもおびえない

人は誰でも風邪をひきます。

突然病気になったり、怪我を負うこともあります。

いつでも元気で健康でいられるとは限りません。

そのようなときには特に、神に帰ることを意識するようにしています。

と言うのも、どうにもならない病ですらも、神が私たちに気づきを与えてくださっているものです。

日頃の日常生活で、高ぶってはいなかったか。
正しい日常生活を送れていたのか。
身体に悪いとわかっていながら口にしていた食べ物はなかったか・・・など

無意識のうちに神から離れようとしている時に、私たちは気づきを与えられています。

あらゆるところに罠が仕掛けられています。

悪の試みに遭われないよう、いつも平穏を祈ります。

おわりに

神はいつも私たちを、良い場所へ導くために尽くしてくださいます。
イエス様が心に来てくださると、強く生きる力が沸いてきます。
父なる神と、イエスキリストの平穏と聖霊の恵みが皆様とともにありますように♥